映画「あん」から想う*この世を見て聞いた、その先

 

 

4回目?の映画「あん」を観てきました

やっぱり泣けたなぁ

 

 

 

今回は原作者ドリアン助川さんの講演付き

彼に縁ある芦屋での上映会でした

 

 

 

 

 

 

ドリアンさんの激動の人生のお話

 

 

 

ラジオのパーソナリティをされていた時に

中高生達の悩み相談をしていて

 

 

 

 

必然的にもっと深く本質的なところ

哲学の領域に入って行かれ

 

 

 

なんのために生まれて生きているのか?

 

 

 

映画の中で徳江さんが

この世を見るために

この世を聞くために

わたしたちは生まれてきた

と手紙に書いていました

 

 

 

 

ハンセン氏病で

若くして療養所に入れられた徳江さんは

国語の先生になりたかった

 

 

 

完治する薬ができ

伝染性が弱いとわかっても

社会と切り離されたまま

 

 

 

 

 

 

 

徳江さんが

小豆の顔を見たり

小豆をおもてなししたり

「がんばんなさいよ!」と声をかけるシーンがある

 

 

 

たぶん、徳江さんは誰よりも

「なぜ生まれてきたのか」にぶち当たり

もがいて涙を流しながら考えてきたひと

 

 

 

だから、小豆も自分と同じように

生まれて成長してきた仲間

物言わぬ食材に

温かな眼差しを注いでたんやと思うの

 

 

 

この世を見るために

     聞くために生まれてきた

 

 

 

だから満開の桜や木漏れ日が

徳江さんにとっては命ある仲間だし

彼らが春を喜ぶ様子が徳江さんには見えるねん

 

 

 

暗い目をした千太郎に気づいたのも

あの街で徳江さんと少女だけだった

 

 

 

 

 

 

いまを生きるわたしたち、みんな

この世を見て、聞いている

 

 

 

目が見える・見えないとか

耳が聞こえる・聞こえないじゃなくて

わたしなりに世の中を見て聞いている

 

 

 

 

命の長い短いや

自らが選ぶ・選ばない死や

生まれてきても

その数だけそれぞれ別の人生がある

 

 

 

生きている、ということは

見たこと聞いたこと

その上でどう生きるか?

その先の課題があるということなんやろか

 

 

 

 

 

 

価値のある・なし

生産性のある・なし

役に立つ・立たない

 

 

 

近頃そんな言葉が引っかかる

すべて自分が決めて判断していること

人の意見が世の真実でもなく

自分の意見が万人の正解でもない

 

 

 

わたしは

「特別なこと」ができないと思ってきた

長くジブンを「無価値」だと感じていた

 

 

 

人の役に立つ仕事を志したけど

その前にジブンのしあわせに

しっかり向き合ってこなかった

 

 

 

未婚でこどもを持たない

 

 

 

ある人から見ればわたしは

前述の3つにばっちり当てはまる人間だろう

 

 

 

「そこにいるだけでいい」

「存在していることに意味がある」

そんな言葉がさっぱり理解できなかった

 

 

 

だけど誰かにそう言って欲しかった

 

 

 

 

 

 

 

いい歳になって

気のすむまでチャレンジせず

ジブンの本当に向き合ってこなかった

ことに気づいて

 

 

 

それだけに使えていない自分の可能性が

眠っていると考えるようになった

 

 

 

そこで前述の3つによく出会うようになる

この3つは感じが悪くて(笑)

 

 

 

自分自身が「価値がない」「役に立たない」

などと思っていると

周りの人からそれに近い言葉を言われたり

そんな扱いを受けた

 

 

 

自分が自分を

そんな風に見てるからだと気づいて

これはマズイと改めた

 

 

 

何かができるから、価値がある

何かができるから、役に立つ

ではなくて

 

 

 

何かが、できてもできなくても

人から好かれても嫌われても

今、わたしは生きている

それが答えちゃうようで「答え」なんや

と思うねんなぁ

 

 

 

条件をクリアしてるから、みたいな

ケチな考え方で

神さまはこの世に

わたしたちを送り出してはらへんやろ

 

 

 

 

 

 

わたしは

もしかしたら「ジブンと向き合うこと」

というテーマを持って

生まれてきたのかもしれへんし

 

 

 

「人生を楽しむ」かもしれん

 

 

 

この世を見て聞いた上で

「さあどうする」を試されてるのかもしれへん

 

 

 

徳江さんはどう思わはる?

聞いてはるかな

 

 

 

 

 

 

この話をどう持ってゆきたいのか

ビジョンがないんやけど(笑)

 

 

 

さっきの「そこにいるだけでいい」

「存在してることに意味がある」は

ジブンにはわからなかったけど

人に対してなら素直にそう思えた

 

 

 

いるだけでホッとさせてくれる人

ただ話を聞いてくれる人

 

 

 

その人が思うように進めないで

無価値感に襲われていても

わたしにはその人がいてくれるだけで

心強い思いを何度もした

 

 

 

遠く離れていて一緒にいなくても

その存在がこころのどこかで

気にかけてくれていることに

何度励まされたかわからない

 

 

 

誰にでも、そういう存在が必ずいる

 

 

 

と、言うことは

ジブンも誰かにとってそうやねん

 

 

 

価値のあるなし 役に立つ立たない

そこにフォーカスしてる場合違って

 

 

 

徳江さんの言わはるように

「今」を見て「今」を聞く

そこでジブンにできることがある

それをやったらええのよねー

 

 

 

誰かに認められたり評価されることが

価値がある・役に立つって事ちゃうねん

 

 

 

最初の方で書いたコレ

役に立つだの立たないだの

すべて自分が決めて判断していること

人の意見が世の真実でもなく

自分の意見が万人の正解でもない

 

 

 

みんなちがう人間やから

それぞれ良し悪しの判断もちがう

ジブンを人の評価で決めない

 

 

 

もっとジブンを認めてもいい

過度な謙遜をしはるひと多いけど

 

 

 

徳江さん、どうやろ?

ドリアンさん、わたしはそんな風に思ったよ

 

 

 

映画は何度も観たけど

原作を読んでへんことに今更気づいた💦