今、男性が就いているポジションを
女性にすげ替えたら問題は一気に解決する
…と聞いた事がある
きっと そうやろなぁと思うくらい
女性の広い視野、受け入れ育む性、マルチタスク
…様々なジェンダーが存在し
もう”おじさん”に委ねる社会は終わりや
今月は以下
なんとまとめよう、と毎月思うんやけど
やっぱり女性ってすごいんちゃう?
- 母へ捧げる僕たちのアリア(仏)
- 三姉妹(韓)
- わたしは最悪。(ノルウェー)
- ベイビー・ブローカー(韓)
- ボイリング・ポイント/ 沸騰(英)
- マイ・ニューヨーク・ダイアリー(加・アイルランド)
- 戦争と女の顔(露)
- 魂のまなざし(フィンランド・エストニア)
母へ捧げる僕たちのアリア
無表情な事が多いヌールが楽しそうに歌ったり
ごめんなさい、と先生に謝りハグしたり
楽しい時間が殆どないヌールが見せる表情に切なくなる
移民への暴力や偏見
兄たちにはまともな仕事がない
意識がなく眠り続ける母を思うのは
ヌールだけでなく兄たちも同じで母が彼らの拠り所
兄弟たちは優しさや愛に飢えている
「まず音楽を楽しむ」事を教えてくれた先生
出会いは人を変える
ヌールがオペラに興味を持ったのにもストーリーがあって
ストーリーが続いてゆくかどうかは本人の意思と神様の采配?
兄ちゃん達はそれぞれにヌールへの愛を示してるけど
母親、異性の愛というのは子どもが成長する上で必要なんや
仲間や先生に認められる、という経験も
現実の厳しさと希望は隣り合わせなんやな
希望があるのに踏み出そうとしなかったりチャンスを逃す事も多い
まわりがどんな環境かは、重大な選択をする時に大きく影響するな
ヌールを”天才”としなかった設定が良い
お兄ちゃん達の多面性をしっかり描いているところも良い
人間の素晴らしさに胸が温かくなる
三姉妹
3分の2までブラックコメディ
不安とウソまみれの3人の女
痛々しいやら「こーいう人、苦手」と思わされるやら
それが、ひっくり返った
彼女達のバックボーンにコレがあったから
なるほどー、そうやったんや
「家父長制」はアジア圏だけでなく世界にもあったんや
ワタシらの日本でもまだまだ根強い
家の在り方って、やっぱり男女平等が基本ちゃうか
三姉妹はそれぞれ傷を抱えたまま大人になった
その傷がいつまでも膿んで今に悪さをする
「仕方がない」ではなく、あの場で次女が叫んだあのひと言や
家族なんやから言いたい事を言わないと
どんなに過去の事でも
嫌だった、とか 今も(あなたを)好きになれない、とか
相手が変わらなくても言葉にして伝えたり、態度として出せたら
ずいぶんちがうと思う
「そんなふうに思ったらあかん」と抑え込む事が
一番良くないんちゃうか
最後の長女のお願いって何?とドキッとした
それが何ともささやかで温かくて泣きそうになった
わたしは最悪。
ワタシやん。ユリアって
20代の終わりから30代の女性
何をしたいのか?わからないまま
彼が仕事でまわりから認められていて
それは嬉しいけれど自分は…と涙をこぼして
ひとりとぼとぼ歩いて帰るシーンなんて胸が痛くなった
まだ若いユリアには結婚や子どもを持つ、という価値観が
どうもよくわからない、この辺り現代的で
女性ならば結婚や出産を望むという神話をぶっ飛ばしている
自分の道を見つけたいーと思いながら
恋愛ばかりになっているユリアも
そんなもんやんな、と共感
一時は医者を目指す程、優秀なのに
自分の興味がそこにないとわかると次へ次へ次へ
そのくらいエネルギーのあるユリア(20代30代ってそうやな)
そんな彼女が変化する出来事 ひとりになる
ユリアを演じるレテーナが見事で
ラストのユリアなど別人のよう
これまでの恋もキャリアも…的な元気ガールの話ではなくて
ひとりの現代的でどこにでもいる女性の成長の物語
ラブラブだった彼に、ある日 違和感を感じる
新しい彼に会いに行く時のときめき
ふざけてマジックマッシュルームで体験した幻覚など
演出や見せ方が大胆で新鮮
端々にノルウェー、北欧の進んでいるところ
ワタシたちと同じところなど
そのあたりも「へぇー」だったり「ノルウェーでもそうなん?」だった
ベイビー・ブローカー
是枝監督がみえてティーチインがあると聞きつけ
第二回目鑑賞
やっぱり少年役のヘジンがホンマ無邪気で明るくて
「あかん」と言われれば言われるほど、やりたくて
大人がドキッとするようなひと言をさらっと言ってしまう
ヘジンが大人3人を繋いだ、とも言えるな
サンヒョンも根っからの悪人ではなくて
人の気持ちに聡くて
そやからドンスはヘジンと一緒にいるんやろな
つんけんしていたソヨンが「ごめんね」と言ったり
本当の名前を打ち明けたり
ウソンが熱を出した時にサンヒョンに「ありがとう」と言ったり
彼女の素が段々出てきて、家族のようなチームのような感じが
自然にできてゆく感じがさすが是枝さんやなーと思わされる
彼らを追っていた刑事もやがて変わってゆき
一体、どちらが赤ちゃんを売りたいのか、の展開に
本質に戻った刑事
こんな風に子どもを育てられるなら
赤ちゃんを産みたい、とワタシも思う
そして人生はやり直せるし
他人同士でも時間をかけてわかり合えると言うか
ゆるやかな温かい関係をつくることはできる
ティーチ・インでいろんな質問が出たが
最後に若い女性が「不寛容な世の中で絶望することはありませんか」
「こんな世の中は良くなっていけるのでしょうか」
「絶望したら負けだ」
「本当に絶望したら映画をつくっていない」と
今、映画界でもいろんな問題がある
今、自分の現場でどれだけ問題点に気づき改善して行けるか
まずはそこからだと思っている、と
映画と合わせて、温かいものが胸に満ちて
また前を向いて生きよう、と思った帰り道

是枝監督作品
これ、良かったなぁー 姉妹の住む家の感じとか
姉妹をつくってゆく雰囲気とか

これ見逃したんやけど、観たいな
日本のソン・ガンホ 役所さんが出てるもん

子ども達の大冒険 おおらかな大人達
これもドキュメンタリーチックな物語やったな
是枝監督特集、どこかの映画館でやって欲しい
ボイリング・ポイント/ 沸騰
いやぁ〜、胸騒ぎが最初から最後まで
90分、ワンショットムービーだとか
ドキュメンタリーみたいな高級レストランのある日
いろいろあるけど助け合い、前向きにやろうとするのに
あれもこれもと挫けるような事ばかり
何より衛生観念が感じられない厨房やウエイター・ウエイトレス
にゾッとした
肌の色も人種も国籍もバラバラなスタッフ
自分を傷つける程の悩みを抱えていたり
薬をやりながら適当に働いていたり
お客にあからさまな差別を受けたり
このグルグルがいつまで続くのんやろう、と
観てるこっちが辛くなってきた頃、唐突に幕は降りる
後味は思いっきりわるい
ラム肉のグリルのオーダーで「焼きが甘い」とお皿を戻された話
スタッフの説明不足でもなく、厨房のミスでもなく
そこに「差別」がある事をウエイトレスの彼女しか知らない
ーーーこういう事は働いているとよくある
誤解が誤解を生んで話がめんどくさくなったり
本質からズレまくり意味のない話になったり
その時はどうにもならなくても後でみんなで話し合って欲しい
例えお客でも、スタッフに対してヘイトな姿勢なテーブルには
マネージャーがサービスするとか
ヘイト対象になるスタッフを遠ざけるとか
できる事あるやろ!とめっちゃ思うねんけどな
話はヘイトになるけど
この前SNSで美容院でヘイトを撒き散らすお客に
オーナーが「うちは海外のお客様も結構いらっしゃいますので
そういうお話はお断りしています」とニコニコ、キッパリ仰られたとか…
できれば、そういう対応がベストなんやけど
(お客は”神様”ではなく、お店もお客も同じ立場のはず)
シェフの男性のぼろぼろさに
ドン引きするやら、生きてたらこういう日もあるかと思ったり
それにしても、結末はこうなるしかないかもな…
マイ・ニューヨーク・ダイアリー
作家になりたいはずなのに
あまり本を読んでいるわけでもなく書いてもいない
きっとジョアンナは”ワタシ”であり”誰か”でもある
え、そんなに簡単ですか?と思うくらい
新しい彼と恋に落ち同棲を始めるあたりも
このくらいの年頃なら、そうなんかな
どこかの誰かの”言葉”が体温や匂いを持って彼女に届き始め
彼女が”自分の本当”に目覚めてゆく
きっかけはひとつじゃないねんな、やっぱり
「愛してなかったの」と新しい彼に伝えるシーン
恋や愛って錯覚してたり、なんとなくだったりするけど
ホンマが見える時が来るねんなぁ・・・
シガニー・ウィーバーがおでこのシワも隠さず
堂々たる上司ぶり
高慢ではなく「ここまでやってきた」という経験が彼女を光らせてる
ワタシも通ってきた道だけど
今のワタシより10代20代のワタシに観せてあげたい映画かな
わるくはない、けど「今」じゃないねんなー
ワタシにとって

シガニー・ウィーバーと言えばワタシはこれ
戦争と女の顔
冒頭、スタッフ役者紹介?のバックに聞こえる奇妙な音?声?
ー戦争の傷痕
終戦直後のレニングラードでの物語
寒々しくて物がなくて人々に笑顔や活気がない
え、ここでなんで笑うの?
しかもめっちゃ良い笑顔・・・マーシャもイーヤも
狂気を感じる場面がちょこちょこ出てくる
子どもの存在は光であり希望で
手足や神経を失った軍人たちと幼い少年のシーンは
ひとときでも、この時間が救いや…
緑のきれいなワンピースを着て「回りたいの」と
嬉しそうにマーシャが踊る
女性の装う楽しみ、美しいものに触れる喜び
当たり前の事を奪われた彼女たちの心中を考えると
途中から狂ったように踊るマーシャを前に
立ち尽くすような気持ちになる
彼女達を癒すものはなんやろう
確かに”子ども”かもしれへん
要は”生きた人間がそばにいる”事ちゃうかな、まずは
あとは時間?穏やかな日常?

かなり話題になったこの本を元にこの映画は作られたそう

上に紹介した本は漫画にもなっています
1、2巻は読みました
日本の戦争体験と大きく違うのは、旧ソ連は女性兵士がたくさん存在した点です
彼女達が見たもの体験したものは壮絶でした

こちらもどの本屋さんでも目立つ場所に置いてあって
ベストセラーになっているようです
以上、3冊は公式サイトにも紹介されている原案&関連図書です
魂のまなざし
彼女が絵を描く姿は、眉間にシワを寄せ
「思うように描けない」と苦悩しているように感じた
唯一、表情が柔らかくなるのは
エイノルと並んで描いている時やったな
フィンランドの国民的画家ヘレン・シャルフベック
光が当たらなくても、プロの画家として描かずにはいられない
厳しい目で芸術に向かう姿勢・目・顔つき
家の周りや海辺の美しい自然
ヘレンの絵を描く時のコートドレス?って言うのかな
ファッションもシックで素敵
彼女にとって絵を描く事は”生きる喜び”と言うより”闘い”のようで
度々鏡を覗き自画像を描くシーンが何度も出てくる
自分から目を背けない姿勢が自分を追い詰めてもいる
エイノルの手を取り、絵筆の使い方を教えるシーンで
目も眩むような彼への思いが溢れていて
手がとてもセクシーだった
あの時、彼に頬を寄せたら?
エイノルだって、あの時もう一歩踏み込んでいたら?
ほんの少し躊躇ったり、タイミングを間違えて
本当は想い合っていたのにすれ違ってしまった2人
そのもどかしさが最後まで残った
歳の差が問題ではなかったんちゃうかー
ヘレンの病的なまでに傷ついた姿は痛々しく
正に命がけの恋・・・
ヘレンの母が娘を理解し受け入れる存在ではなく
世間を気にしてヘレンの頭を押さえるかのような
「女の敵は女」を地で行くような人で
経済的に支えているヘレンを認めない
そんな環境も彼女を孤独にしたが
自画像や人物画はそんな環境だから描けたもの、とも言える
寄り添い支えてくれた友達の存在はまるで母のようやった
でも、すれ違ってしまったエイノルは
その後1100通にも及ぶ手紙や葉書で友としてヘレンを支えたと
哀しく苦しい、でも美しい そんな人生を生き切ったヘレン
お疲れさま やっぱりしあわせやったと思うよ
今月も印象的な映画の数々
女って複雑
女ってわけわからん(笑)
女って最高!
「ベイビー・ブローカー」のソヨンみたいに
悪ぶって突っ張って気を張って生きてる女性は
今、多いんちゃうかー
「わたしは最悪。」のヒロインのように
恋に生きつつ、それだけで満たされへん
・・・当然や 恋がうまく行こうが何だろうが
自分の足で立ち生きてへん事には満たされへんで当然かも
「魂のまなざし」のヘレンのように
自分から溢れるものと向き合うーつらい事も美に震える感性とも
それが「しあわせ」って言うか「生きてる」って事なんやろなー