再結成流行の昨今REBECCAもライヴをした様子
Yahoo!ニュースがNOKKOがミス自虐と流していたので
何事かと思い本文を読むと
何のことはない
曲の入りと歌詞を間違えたり過去を振り返った話のこと
自虐ってどういうことなんだろう?
>自分で自分をいじめ苦しめること
>ある批判をしたときにその対象が自分自身であること
>しかもその批判が多分に過剰な時
うん そんな感じ
NOKKOの話は自虐ではないとわたしは思う
なんかイヤな漢字だなぁ 自虐
虐という字はしいたげる、むごい、わざわいといった意味
虐殺とか虐待とかいい熟語がない
NOKKOはプロとしてお客さんの前でまちがえたり
不完全な状態だったことや
歌詞が浮かばなかったことを
正直に述べただけ
これは冷静に自分を客観視しているってことだと思う
インパクトのある言葉で表そうとすることは
時にこんな違和感を生む
なんとも思わなかった人もいるだろう
わたしは引っかかったが
書く仕事をしている人は言葉に敏感になってほしい
書く対象のイメージや気持ちを傷つけることもあるから
言葉は時に鋭い刃物のように突き刺さる
傷つけたことは忘れても
傷つけられたことは忘れない、とはよく言ったもの
わたしもこうやって不特定多数に向かって書いていて
誤解を招く経験も何度かあった
書いた意図とは違う捉えられ方をして
最初は一生懸命誤解を解こうとした
けど最初に受けた印象はそう簡単に変わらない
しかも解釈はひとりひとり違う
何が正しいとか間違っているとか
その人の判断がすべてだ
お互いに意思を持つ人間だからそれぞれ理由がある
それをどちらかに決めるというのは無理があるのだ
決めた所で相手の気持ちすべてを従わせることはできない
もうわかってもらおうと思わなくなった
わかってくれる人と共感や愛を交わし合い
わからない人に無駄なエネルギーと時間を注がない
短い人生そんなことで消耗しているのはもったいないのだ
傷つけられた言葉は忘れられない
今もなぜあんなことをあの人は言ったのだろう?
とわからないことはいくつもある
同じだけわたしも誰かにそんな言葉を放ったのだろう
自分でもすべての言葉に理由があったとは思えない
時に感情に流され
心とは裏腹なことも言っただろうし
無意識に口に出すこともある
口に出てから「こんなことを自分は思っていたのか」と
驚いたこともよくある
だから間違えるし愚かだし感情のいきものなのだ
そう思って相手を見ることも必要なんだろう
去年師として仰いでいた人から非常に厳しい言葉を返された
確かに最もなのだが その人らしからぬ言動で
未だに一体何があんな言葉を引き出したのか
様々に想像している
それ以来ぎくしゃくするようになり
わたしは距離を置きそして静かに離れた
聞いたところで仕方がないと思う反面
どう思っているのか聞いてみたい気がする
そのチャンスが訪れたらわたしはどうするだろう?
自分の至らなさや短所など嫌という程知っている
それが紙一重で長所だったり
ある人からはまったくセーフだったりする
それを思い込んだり強調するのは
ちょっと違うと思うのだ
自分で自分を勝手に決めつけていることに
気がついて愕然とした
誰かにこう言われたから
わたしなんてどうせ○○だから
(これぞまさしく自虐)
本当は違うと思いたいからそう口に出している
「違うよ」と言って欲しいからそう言ってみる
無意識に何度も何度も思っていたり
口に出しているなら
それはますます思い込みを強くしている
可能性を潰したり狭くしている
そんなもんだと自分を納得させようとしている
客観的になって
自分ではないつもりで自分を見てみる
ちょっと冷静さに欠けるかな
こういう言い方はまずかったな
そうやってどこか人ごとのように自分を見る視点
これはトレーニングだと思うができるようになれば
とても楽だ
過度に自分を責めたり自己嫌悪したりしなくなってくる
自虐ネタで笑わせる人の中には
どこか人ごとのような感じで話している所が
おもしろかったりする
ただ普段の暮らしの中で自虐は必要ないと思う
むしろ自愛が大切
いつもありがとう
よくがんばってるね
悔しかったね
情けなかったね
親友のように家族のように
自分に共感し慰め励まし明日からも歩いてゆく