「選ぶのも決めるのもわたし」5年10年の節目感

 

 

 

 

そうかー、10年か…

そして、5年かー…

 

 

 

ちょっと自分でもしみじみした

10年前の4月の終わりだったか

わたしは京都に戻ってきた

 

 

 

痛い経験をして

痛みが和らいだ頃やった

そして節目を感じたタイミングやったな

 

 

 

あれから10年かー・・・

そんなに経ったっけ?とも思うし

もっとずっと前のようにも思う

 

 

 

この10年、静けさもあり

弾むような楽しさもあり

ゆっくりじわじわ変わってきたなー

 

 

 

 

京都に帰ってきた頃のわたしは

「ひっそりネコでも飼って暮らそう」

やったんやけどなぁ

 

 

 

 

この先 行けません

 

 

 

そして看護師を離れて

雇用されるスタイルから離れて5年になった

 

 

 

よくやったナ、5年って

 

 

 

GWが開けて感じたのは

「動きたい!」という気持ち

このエネルギーを使いたい!って

湧き上がってくるようやった

 

 

 

やってきたこと

「何か」がちがうんやろナ

動きが生まれへんの

 

 

 

今、「動きたい」と感じているわたし

新鮮な経験を求める気持ち

 

 

 

まだ微かに一般的な感覚もあるようで(笑)

年齢を考えたら仕事ってあるんかな?

とチラリと思ったけど

自分にできることで働こうって思った

 

 

 

 

 

 

 

これまでやってきたことを「やめる」

とは思っていなくて

先はわからないけど

 

 

 

ただ思うことは

以前よりもバランス良く

仕事ができるんちゃうやろか?

 

 

 

 

 

 

 

「選ばれたい」ってずっと思ってきた

友達や仲間に

相談相手や恋人に

「この人なら」と

 

 

ちがうちがう

やっとわかった

 

 

 選 ぶ の は わ た し

 

 

 

 

 

 

「これってどうなんやろ?」

何か引っかかっていても目をつぶって

よく思われよう認めてもらおう

としてきたわたし

 

 

ちがうな

 

 

引っかかってることが何か

ジブンがちゃんと掴む

「わたしはこう思う」を伝えなあかん

「わたしはこうしたい」って言わなあかん

 

 

もう2度と会うことないかもしれん人に

「よく」思われても、しゃーない(笑)

対等に普通に向き合ってない人に

認めてもらっても、しゃーない

(しゃーない=仕方がない)

 

 

選ばれよう選ばれようとして

「わたし」を隠したり繕ったりしてた

 

 

選んだことをクヨクヨと後悔ばかりしてた

今は結果的に「よかったやん」って

思えることもたくさんある

 

 

 

 

 

 

選ばれたくて仕方がなくて

選ばれなくてジブンを責めて

やっと

「 ジブンが選ぶ側 」

に気づいたのが

この10年の成長かもしれへんわ

 

 

 

5年って、ひとつのキリ

お店をやってる人が

「最初の5年はホンマに大変やった」と

聞いたことがこころに残ってる

 

 

 

5年やから気が変わった

5月になって風が変わった

色々やってみての実感で変わった

 

 

 

全部がわたしの正解

 

 

ここからの5年10年

何が起こるか?どうなるか?

誰にもわからない

そして

誰もに言えること

 

 

その時その時

1 番いいものを選んでる

たぶん

 

 

思ったようにはならへんけど

そうわるくもないような

そこそこ妥協できるならそれはそれ

リキまず軽やかに

 

 

楽しく生きなもったいない

 

 

 

向こうへ抜けられます

(イメージによるキャプション。実際は入れません。)